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vol.2 『おもてなし』

By webmaster | 2007年5月29日

暮らしのessay りゅうちゃんの”お茶うけ話”
vol.2 『おもてなし』

家事一般をいかに上手に手抜きするか。
主婦にとっては永遠のテーマである。
とくにお掃除。基本的にはすっきり住まう。
これが私の心情なのだけれど。

でもねぇ、生活の場となるとそんなきれいごとを言ってはいられません。
家族が増えれば当然物も増える。
どんなに「出したものは元のところに片付けなさい!」
とうるさく注意したとて家族の者たちの耳には入らない。

逆に私がものすごいきれい好きなのか? と問われれば、
否・否・否なのだけれど。

家を建て替えてから足掛け4年。
最初の1年間は毎日健気に磨きに磨いていた。
しかし慣れとは恐ろしいもので、今ではほどほどに片付いていればよし! 
と妥協の一途をたどっている我が家である。

しかし。しかしだ! そんな私とて人をお招きするときくらいは、
初心に戻って(笑)気合をいれてお掃除をする。
普段は「見ざる、言わざる、聞かざる」を押し通して
完全に目をそむけているお部屋の隅々のほこり。
とうぜん念入りに掃除機をかける。さぼりっぱなしの雑巾がけ。
さっさかやりますとも。

まあ、それにも限界はあるのだけれど(笑)、
この怠け者主婦の代表のような私とてやるときはやるのだ。
そんな日は朝からしゃきしゃきと動き回り、
まるで”主婦の鏡”になりすますのである。

ちなみに、家を建て替えたときの設備機器を選ぶ私の基準は、
「掃除がしやすいもの」これ一点だった。
だって主婦業の真髄こそ手抜きのプロになること!
チャカチャカそこそこ掃除で、ほどほどの”きれい”を保つには、
それに勝る基準はありませぬ。

さて先日友人のユミちゃんを招待することになった。
実は彼女こそ、本物の主婦の鏡で”お掃除魔”の異名をとるほど無類のきれい好き。
さすがに気合と根性を入れて張り切ってお掃除をしないわけにはいかない。

一通りお掃除が終了後はチェックチェックチェックの指差し確認。
そして最後の仕上げはといえば!
家族への諸注意。友人ご訪問が終わるまで決して部屋を汚さぬように、
散らかさぬようにとお達しを下すことである(笑)。

これが一番厄介といえば厄介。
なにしろ生活の場である家を「触るな! 汚すな! 散らかすな!」
この三原則を押し付けるのだから、家族にとってはたまったものじゃないだろう。

ここまでやるか! はい。私はやります(笑)。
人をお招きする時のわが家の憲法を決めるのは、この私。
家族の者たちはすべからくそれに従わなくてはいけないのである。
できない者には「夕飯はなし!」と脅しもする。
当然家族中に「悪魔!」と囁かれるのは言うまでもないのだけれど(笑)。

ここまで徹底して美しいわが家にしなければお招きできない友人なのか。
と誤解する方もいらっしゃるかもしれないので、彼女の名誉のためにひと言。
お掃除魔ではあるものの決して人の家に来てまで
右手人差し指を滑らせてほこりチェックなどするわけではない。

さぁ、すっかり片付いた。ユミちゃん! いつでもいらっしゃい!

彼女は大変な褒め上手でもある。
わが家にやってくるとまずは挨拶代わりに
「いつもきれいにしているわねぇ♪」である。
さすが掃除魔。私の努力の結果を心地よくくすぐってくれる。
家族に”悪魔”とののしられようとも”あなたひとりのため”にがんばったのだもの。
それでも

「そんなことないよぉ。お掃除もそこそこなんだけど、ゆっくりしてらしてね」

などと”謙遜の美”をする私。

まずはお茶をお出しして、しばしおしゃべりを楽しむ。
ひとしきり話が弾んだあと、彼女はぐるりお部屋を見渡して改めてぽつりと言った。

「ほんとにいつ来てもきれいなお家だこと」

彼女のこの言葉は私にとってはまるで
「合格!」と言われたようで勝ち誇った気分である。。

え~え~そうでしょうとも。
普段手抜き掃除の我が家が、家族の強制協力があって、
ここまで光り輝いているのだもの。
これだけ余念のないお掃除は年末の大掃除でもしたことがない。

「それに、あなたの家ってとっても落ち着くのよねぇ。私も真似しちゃったわ」

思わぬ”プラス褒め”である。
とくにたいしたおもてなしをしているわけではない。
なにが彼女を「落ち着かせ」「どこを真似した」というのだろう。
この私が完璧な彼女に真似をされる? 
そんなことは天地がひっくり返ってもありえない。

それはお世辞? だろうなあ・・・
ははははと、私は空笑いをするだけでするりとその話題は通り過ぎようとした。
すると次いで彼女の口からはこんな言葉が。

「たぶん・・・季節のお花を絶やさないからよね」

なんと! 季節のお花ですと。
「はて?」植物を育てるのが大の苦手で、
育てようと思って買ってはみるものの、いつも枯らしてしまう私。
ここ数年植物は置かないことと決めていた。
以来植物はもちろん切り花すらどこにもない、
まったく色気のないお部屋になっているのだ。
褒められるほど上等なものは存在しないよなぁ・・・。うーむ。
眉間にしわを寄せていた私の顔をみて彼女はくすくす笑いながら

「あるじゃない。それにいつも家族愛に溢れているって感じよ」

にやりと笑いながら言った。
家族愛に反応した私・・・照れる。
にしてもいったいどこに? 自分の家ながらわからない。
あたりをきょろきょろ見渡すも、やっぱり”季節感”なんて見当たらず。
ましてや”家族愛”なんてあろうはずがない。

彼女を呼ぶにあたり、私は家族へは信じられないほど身勝手な憲法を振りかざし、
挙句の果てに「守らねば夕飯なし!」宣言までして、
開かずのトビラにすべて押し込め(笑)、殺風景なほど片付いているというのに。
彼女の言う、それらはどこにあるというのだ。
家の主が「ない」と言っているのだから間違いはないはずなのだけれど、
彼女は”ある”と言う。

「あそこよ」

彼女は席を立ち目的の場所に向かう(というほど広い家ではないけれど)。
後ろから馬鹿面下げて私はついて行く。

「ほらね」

彼女が案内してくれた場所。それはトイレだった。
実は私が家の中でもっとも気合をいれている場こそトイレなのだ。
そこに目をつけるとは・・・。さすが長い付き合いの友、である。

「私ね、あなたの家に遊びに来て一番楽しみなのがトイレなの」

なんっと! なんっと! そうだったのか。
あんなに必死にお掃除したお部屋よりもなによりも、
この限りある空間が彼女のお気に入りだったとは。

ここには確かに彼女の言うキーワードすべてがおさまっている。
家族の写真を置いて、”枯れないお花”を飾り季節を大胆に主張させている。
少し前までは5月のお花、バラ。今はカラーのお花を。
そして、そろそろ梅雨を鮮やかに彩ってくれるアジサイに変えようかと。
もちろんお花の引き立て役として緑の葉っぱも添えて。
(ちなみにお花はすべて百均にて調達(笑))

私の一日のはじまりは、まずトイレから。
ちょうど便座に座ったときの目線の位置にデンと貼ってあるカレンダーには、
私はもちろん家族全員のスケジュールが書き込んである。
まるでマネージャーのごとく、一家の予定をすべて把握し、
まさにマルチ管理カレンダーなのである。

朝、まずはそれを確認してから、
「さぁ! 今日も元気にいきまっせぃ♪ お~♪」
とテンションを高く高くあげてチャッチャとトイレ掃除をして一日のスターとを切る。

また何か考え事をするときもトイレが一番落ち着くせいか、
たま~に閉じこもることも(笑)。
自分では気がついてはいないのだけれど、
家族に言わせると「はいはい」とか「え~! そうなの~」とか
「やばい!」などなど時々ブツブツとつぶやいているらしい。
危ない危ない。ほほほほ。

誰にも邪魔をされることなく
「個」になれるトイレこそ居心地のいい空間でなければいやだ。
私の特別な場所なのだから。そう思っている。

それにしても驚いた。
家族の者たちでさえ気がつかない、私のこだわり。
ユミちゃんは来るたびに気がついてくれていたなんて。
こういうちょっとした気遣いはとても嬉しくて幸せな気持ちになるものである。

そのときふと思った。
果たして私は友人宅にお邪魔をしたときに、
その家のこだわりに気がついているのだろうか、と。

今回遊びに来てくれた友人宅はいつ訪ねても
美しくまるでモデルハウスのようなお宅である。
でもそれがすっかり当たり前のように感じていたせいか、
ほめ言葉一つかけたことがない。

「おもてなし」それは招く側だけのことではなく、
招かれた側もお家のこだわりに気がついてあげること。
どんな高価なお土産よりも、これがもっとも大切なことだと、
彼女の言葉で、しみじみ感じたのだった。

お家は、住む人の人となりがでるもので、
どんなに手抜き掃除をしようとも、
誰もが必ず”ここだけは!”と”譲れない場所”がある。
楽しい会話と”譲れない場所”への「おもてなしの言葉」を
ぜひ、お土産にしたいものである。

お陰でトイレの”枯れないお花選び”がますます楽しみになってきた。
恥ずかしながら、彼女が真似をしたというのは、
我が家のトイレのあり方であったのだから。

「たまに飾る豪華なお花よりも、いつもどこかに遊びのお花がある。
そんな生活はやっぱり落ち着くものなのね。遊びも大事だなぁって思ったわ」

無駄のないすっきりした彼女の家。
「お花」という”おもちゃ”を使って、
どこに遊びを持ってきたのか今度訪ねるときが楽しみである。
もっとも彼女の場合、百均のお花かどうかは定かではないが(笑)
きっと素敵にあしらっているに違いない。

年中手抜き掃除の私とてトイレのあり方だけは譲れない。
これよ、これ。
人をお招きするときは、家族に対して悪魔に徹してまで普段やりなれない
“にわか大掃除”をするよりも、譲れない自慢の場所がある。
それだけで私の”おもてなし”は成功だったと言えるのかもしれない。

 

 

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