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暮らしのessay ~vol.2 おもてなし~
By tanaka | 2007年5月22日
家事一般をいかに上手に手抜きするか。主婦にとっては永遠のテーマである。基本的にはすっきり住まう。これが私の心情なのだけれど。でもねぇ、生活の場となるとそんなきれいごとを言ってはいられません。家族が増えれば当然物も増える。どんなに「出したものは元のところに片付けなさい!」とうるさく注意したとて家族の者たちの耳には入らない。
家を建て替えてから足掛け4年。最初こそ毎日磨きに磨いていたけれど、今ではほどほどに片付いていればよし! と妥協の一途をたどっている我が家。しかし。しかしだ! そんな私とて人をお招きするときくらいは、気合をいれてお掃除をする。普段は「見ざる、言わざる、聞かざる」を押し通して完全に目をそむけているお部屋の隅々のほこり。とうぜん念入りに掃除機をかける。さぼりっぱなしの雑巾がけ。さっさかやりますとも。まあ、それにも限界はあるのだけれど(笑)。とりあえずほどほどの”きれい”を作る程度には、この怠け者主婦の代表のような私とてやるときはやるのだ。そんな日は朝からしゃきしゃきと動き回り、まるで”主婦の鏡”になりすますのである。
さて先日友人を招待することになった。実は彼女こそ、本物の主婦の鏡で”お掃除魔”の異名をとるほど無類のきれい好き。さすがに気合と根性を入れて張り切ってお掃除しないわけにはいかない。
一通りお掃除が終了後はチェックチェックチェックの指差し確認。そして最後の仕上げはといえば! 家族への諸注意。友人ご訪問が終わるまで決して部屋を汚さぬように、散らかさぬようにとお達しを下すことである(笑)。
これが一番厄介といえば厄介。なにしろ生活の場である家を「触るな! 汚すな! 散らかすな!」この三原則を押し付けるのだから、家族にとってはたまったものじゃないだろう。
ここまでやるか! はい。私はやります。人をお招きする時のわが家の憲法を決めるのは、この私。家族の者たちはすべからくそれに従わなくてはいけないのである。できない者には「夕飯はなし!」と脅しもする。当然家族中に「悪魔!」と囁かれるのは言うまでもないのだけれど(笑)。
ここまで徹底して美しいわが家にしなければお招きできない友人なのか。と誤解する方もいらっしゃるかもしれないので、彼女の名誉のためにひと言。お掃除魔ではあるものの決して人の家に来てまで右手人差し指を滑らせてほこりチェックなどするわけではない。
さぁ、すっかり片付いた。○○ちゃん! いつでもいらっしゃい!
彼女はとてもほめ上手である。わが家にやってくるとまずは挨拶代わりに「いつもきれいにしているわねぇ♪」である。さすが掃除魔。私の努力の結果を心地よくくすぐってくれる。家族に”悪魔”とののしられようとも”あなたひとりのため”にがんばったのだもの。それでも「そんなことないよぉ。お掃除もそこそこなんだけど、ゆっくりしてらしてね」などと”謙遜の美”をする私。
まずはお茶をお出しして、しばしおしゃべりを楽しむ。ひとしきり話が弾んだあと、彼女はぐるりお部屋を見渡して改めてぽつりと言った。
「ほんとにいつ来てもきれいなお家だこと。」
彼女のこの言葉は私にとってはまるで「合格!」と言われたような気分である。え~え~そうでしょうとも。普段手抜き掃除の我が家が、家族の強制協力があって、ここまで光り輝いているのだもの。これだけ余念のないお掃除は年末の大掃除でもしたことがない。
「それに、あなたの家ってとっても落ち着くのよねぇ。私も真似しちゃったわ」
思わぬ”プラス褒め”である。とくにたいしたおもてなしをしているわけではない。なにが彼女を「落ち着かせ」「どこを真似した」というのだろう。この私が完璧な彼女に真似をされる? そんなことは天地がひっくり返ってもありえない。
それはお世辞? だろうなあ・・・ははははと、私は空笑いをするだけでするりとその話題は通り過ぎようとした。すると次いで彼女の口からはこんな言葉が。
「たぶん・・・季節のお花を絶やさないからよね」
なんと! 季節のお花ですと。「はて?」植物を育てるのが大の苦手で、育てようと思って買ってはみるものの、いつも枯らしてしまう私。ここ数年植物は置かないことと決めていた。以来植物はもちろん切り花すらどこにもない、まったく色気のないお部屋になっているのだ。褒められるほど上等なものは存在しないよなぁ・・・。うーむ。眉間にしわを寄せていた私の顔をみて彼女はくすくす笑いながら
「あるじゃない。それにいつも家族愛に溢れているって感じよ」
と。私、照れる。にしてもいったいどこに? 自分の家ながらわからない。あたりをきょろきょろ見渡すも、やっぱり”季節感”なんて見当たらず。ましてや”家族ぁ”なんてあろうはずがない。彼女を呼ぶにあたり、私は家族へは信じられないほど身勝手な憲法を振りかざし、挙句の果てに「守らねば夕飯なし!」宣言までして殺風景なほど片付いているというのに。彼女の言う、それらはどこにあるというのだ。家の主が「ない」と言っているのだから間違いはないはずなのだけれど、彼女は”ある”と言う。
「あそこよ」
彼女は席を立ち目的の場所に向かう(というほど広い家ではないけれど)。後ろから馬鹿面下げて私はついて行く。
「ほらね」
彼女が案内してくれた場所。それはトイレだった。ここには確かに彼女の言うキーワードすべてがおさまっている場所でもある。実は私が家でもっともこだわりをもっているのはトイレなのだ。それがどうしてわかったかなぁ。そこに目をつけるとは・・・。さすが長い付き合いの友、である。
「私ね、あなたの家に遊びに来て一番楽しみなのがトイレなの」
なんっと! なんっと! そうだったのか。この限りある空間にはお気に入りの家族の写真を置いて、季節ごとに”枯れないお花”(笑)を生けてある。今はカラーのお花を。もうじきバラに変えようかと。その後はアジサイ。もちろんお花の引き立て役として緑の葉っぱも添えて。(ちなみにお花はすべて百均にて調達(笑))
私は何か考え事をするときトイレが一番落ち着くのである。だからこそ、トイレは居心地のいい空間でなければいやだ。私の特別な場所なのだから。そう思っている。
それにしても驚いた。家族の者たちでさえ気がつかない、私のこだわり。来るたびに気がついてくれていたなんて。こういうちょっとした気遣いはとても嬉しくて幸せな気持ちになるものだ。
そのときふと思った。果たして私は友人宅にお邪魔をしたときに、その家のこだわりに気がついているのだろうか、と。今回遊びに来てくれた友人宅はいつ訪ねても美しくまるでモデルハウスのようなお宅である。でもそれがすっかり当たり前のように感じていたせいか、ほめ言葉一つかけたことがない。
「おもてなし」それは招く側だけのことではなく、招かれた側もお家のこだわりに気がついてあげること。彼女のひと言で、どんな高価なお土産よりも、これがもっとも大切なことだとしみじ感じたのだった。お家は、その人となりがでるもので、誰もが必ず”ここだけは”と自慢したい場所があるはず。楽しい会話と優しい「おもてなしの言葉」をお土産にしたいものである。
お陰でトイレのお花選びがますます楽しみになってきた。恥ずかしながら、彼女が真似したというのは、我が家のトイレのあり方であった。
「すっきりさせるだけがいい家ではないわね。たまに飾る豪華なお花よりも、いつもどこかにお花がある。そんな生活はやっぱり落ち着くものなのね。」
もっとも彼女の場合、百均のお花かどうかは定かではない。が、私の”おもてなし”は大成功! だったかな。
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